時かけ最終回

時をかける少女が終わってしまった。

 

私はこのドラマを毎週録画して何回か見直したりしたけど、普通にドラマを見ている層、要するに世間の方々は余程のことがない限りそこまでする人はそんなに多くないだろう。

 

何度も作品化されているお話だからそれぞれの自分の中に時かけといったらこんなストーリーだという認識が既にあったり、逆に何も知らない人は展開が急すぎて一度見ただけでは理解出来ないだとか、どちらにせよ少し難しい話だったとは思う。何回か見直してからようやく意味が分かる部分があった。そもそもタイムリープという概念が分かりにくいので仕方ないかもしれないけれど。良いところも引っかかるところも全5話ということがすべてを表している。

 

5話。未羽があの日の理科準備室に戻って、翔平と今まで過ごしてきた日々を写真で教えるシーンがとてもよかった。と、いうのも私は翔平のうるさめのキャラクターが風磨くん度高すぎてうるせぇ~wって思うところがあったり、いや、未来人だとしても空気読めなすぎだろとか思うところもあったんだけど、その過剰なテンションがあったからか、まだ未羽たちとこの夏を過ごしてない翔平が引き立って見えて切なくなった。

 

第1話の冒頭、未羽の回想で「決めた!今年の夏は死ぬ気で楽しむ。あれ?静かだと思ったらいない。どこに行ったの?もう、私を置いて消えるのやめてよ!意地悪。ねえ、本当どこに行ったの?遠く行かないで。寂しい、苦しい。やめて。また会えるよね?やだ、怖い。お願い!戻ってきて。」というセリフがあって、これは結局いつのセリフなのかとても引っかかっている。

 

あとやはり、ケンソゴルくんが持ってきた夏の写真集「夏を知らない君へ」は未羽の出したものだった。2016年に夏と恋を教えたのも未羽で、ケンソゴルくんが生きている時代で夏と恋を教えたのも未羽なんだね。でも未羽の写真を見て「物じゃなくて、時間を取ればいいんじゃない」と言ったのはあの日の翔平だから、すべて繋がっているというか、なんというか。

 

恋を知らない君へ というタイトルを聞いた時、最初はどっちのことを言っているんだろうと思った。と、いうのも原作では芳山和子(ここでいう未羽)は深町くんが帰るときに記憶をリセットされるから、一緒に過ごした日々を知らない。そう考えるとこの物語でも最終的に恋を知らないのは未羽のほうなんだろうと思っていたけど違って、翔平が帰ったあとも未羽は全部覚えていて、翔平は知らないままなんだね。写真集を見て、ちょっとずつ知るのかもしれないけど。夏も、恋も、キミが教えてくれた。というキャッチコピー、いいな。

 

でもますます吾朗ちゃんが心配になった。未羽は、七夕祭りで告白される展開があったことも、翔平と付き合ったあとに「俺も未羽が好きだったんだぞ!」って言われたことも全部覚えているうえで、翔平に思いを馳せながら、これからもずっと吾朗ちゃんの側で生きていくわけでしょう・・・?うーん、やっぱり主人公には肩入れできない。

 

あと、深町家のシーン切ない。帰ってこなかった翔平を心配して警察に行った奈緒子(母)が、後日翔平に発する言葉が「私に息子はいなかった」なわけだけど。あの日に「もう嫌なの、置いてかれるのは・・・急にいなくならないで・・・」と泣けた奈緒子よ。もう他人だって分かってるのに。奈緒子は、自分を置いて人がいなくなる悲しさとか辛さを知っている人だから、例え自分の息子じゃないと分かってても、誰かと一緒に過ごす幸せな気持ちを思い出してしまったのかな。翔平は本当に罪だよなー。うまぁ~♡と美味しそうにご飯を食べていた食卓が、その日は静かなのも、対比がね・・・。家賃の代わりに食器洗いで許してくれる母さんの優しさ・・・うう・・・

 

最終回を見てから過去回を見返すと、うるせぇwって思ってた翔平もなかったことになるのか・・・と悲しくなるのでオススメします。ドラマ終わったし、どういうふうに翔平という役作りをしたのか、もうちょっと本人から聞きたいなあ。

 

友人から、「時かけ見てるよ!」だとか「周りの子が、時かけの風磨くんかっこいいねって言ってたよ~」とか報告受けるんだけど、思ったよりいろんな層の人に見えもらえていたのかなあ。風磨くんが、どこかで話題の中心にされてるのは単純に嬉しい。数字は正直あまり良くなかったけど、数字だけじゃ測れないものもあるし、様々な評価を受け止めて次のお仕事頑張ってほしい。まずはソロコン!

 

時かけを咀嚼するにはしばらく時間がかかりそうです。